ベネッセ進研ゼミ中学講座

【 日比谷高校の栄光】

日本の名門高校の代名詞的存在であり、
名実共に、日本一の高校であると言っても、過言ではありません。
日比谷高校には、長い歴史と伝統が有りますが、
何と言っても、東大をはじめ、名門大学への圧倒的な進学実績が素晴らしいのです。
日比谷高校は、公立でありながらも、
私立の進学校に伍して、多数の東大合格者を輩出していますが、
その日比谷高校の栄光の歴史を紐解いてみる事にしましょう。
1879(明治12)年、府立一中として創立され、
創立当時から、優秀な生徒が多数集まり、やがて、第一高等学校(一高)への合格者数でも、トップに立つようになります。
そして、府立一中は、戦前は「府立一中→第一高等学校(一高)→東大」という、所謂エリート校の系譜を作り上げていました。
戦後、学制改革により、日比谷高校と改称された後も、
同校は暫くは東大合格者数のトップの位置を占めており、名門校の名を恣にしていましたが、
1967(昭和42)年、所謂「学校群制度」が導入された影響をもろに受けた日比谷高校は、
東大合格者数も激減してしまい、
以後、数十年にわたる、長い低迷期を迎える事を余儀なくされてしまいました。
これは、同制度により、
優秀な生徒が日比谷高校に集まらなくなってしまったのが原因とも言われました。
こうして、日比谷高校の栄光は、過去の物となってしまいます。
しかし、日比谷高校はそのままでは終わりませんでした。
新たなカリキュラムを導入して、独自の教育を実施したり、
公立高校では異例の、自校独自の入試問題を実施したりと、様々な模索を続け、その地位を徐々に回復、
そして、2003(平成15)年の、入試の学区制廃止も追い風となり、
2014(平成26)年には、遂に、46年振りに、日比谷高校は、公立高校での東大合格者数トップの座に返り咲いたのです。
その要因は色々有ると思いますが、
やはり、長い歴史と伝統に胡座をかく事なく、
新たな時代に対応するための、飽くなき挑戦を続けた事こそが、
日比谷高校に、再びの栄光をもたらしたと言っても良いでしょう。
長い低迷期を経て、奇跡のV字回復を遂げ、再び栄光を取り戻した日比谷高校、
その日比谷高校こそが、今後の日本の行く末の鍵を握る存在である、と言っても良いかもしれませんね。